2011年5月5日木曜日

部落解放同盟中央本部に電話をかけてみた

これまでの経緯

田端信太郎氏が勤めるコンデナストに電話してみた





VOGUE JAPANGQのサイトを統括する田端信太郎氏差別Tweetを見つけ2日が過ぎた。勤める会社にまで連絡したというのに、結局彼は何も変わらなかった。朝からご陽気にTweetしたり、差別書き換えをそのまま引用したブログをアップしたりと、絶好調。差別書き込みがあった日は多かった批判のリプライをする人間も、その頃には、ボクだけになっていた。

正直言ってボクはそこまで田端氏に個人的な恨みがあるわけではない。何でアノ人にここまで怒ってるんだろうって、今でもしょっちゅう思うよ。ボクのTwitterやこのブログを観ていると信じられないかもしれないが、そもそも人生でクレームのメールや電話を入れたことすら、1、2度しか経験がない。覚えているのはThe Beach BoysPet SoundsCDを買ったらケースにヒビが入ってたので、店に言って交換してもらったことくらい。ラーメン屋で小さなゴキブリが入っていたときですら、小声で店の人を呼びそっと丼を指差したくらいで、苦笑いで許した。なんとゴキブリで出汁をとったそのゲテラーメンにしっかり金まで払った。要するに気も弱いし、基本的に面倒くさいことが嫌いな人間なんだよね。

だから少し迷ったのだが「敢えて面倒くさいことしてみるのも、たまにはいいんじゃねえのか?」と、内なるもう一人の自分が肩を叩いてきた。結局面倒くさがって放置して、何も変わらないまま人生過ごしてきたんだよね。じゃあ、たまにはいいじゃない。徹底的に面倒くさいことしてやろう!って思ったんだよ。

先ほど書いたように苦情のメールを入れたことなどなかったボクが勢いで、田端氏の件を報告した団体がある。それが部落解放同盟だ。はっきりいうと、解放同盟に限らず人権団体と関わるなんて、ボクは面倒くさい。それに自分が密偵みたいな真似をしているという恥かしさも、十分わかっている。でも、それでもあえて部落解放同盟に田端氏のことを報告することにしたんだよ。

部落解放同盟は、日本で一番大きな同和団体だし、日本初の人権団体・水平社の系譜にあるから、歴史も一番古い。そして何かと“怖い”というイメージを抱かれている団体でもある。それは糾弾という抗議行動を基本方針に掲げていることによるだろうね。

「差別糾弾」とは何か についてはリンク先の解放同盟のサイトに書かれた文章を読んで欲しい。
一部引用すれば
「糾弾」には揶揄・恫喝・ヤジなどは不必要だからといっても、強い怒りが噴き出さなければならないということは当然のことです。怒りのない糾弾会はあり得ないとさえ言ってもいいでしょう。(中略)
その具体的事実が「確認会」の場所や事前調査を通じて確認され、糾弾の場に移ったならば、差別にたいする激しい怒りが噴出することは当然すぎるほど当然のことであって、むしろ、差別されながらも怒りの感情がわいてこないようでは「差別と闘う」という姿勢は生まれてこないでしょう。
怒声が飛び交う吊るし上げともいえる手法は、様々な悲劇をもたらしたこともあるようだし、他の同和団体からの批判も多い。ただし、この方法なしに解決できなかった根深い問題もあるだろうことを忘れてはいけないと思う。

さて前置きが長くなった(デリケートな問題だし、様々な立場があるから、エクスキューズが多くなるのは、ご勘弁を)。

ボクが部落解放同盟中央本部にかけると、応対してくれたのはYさんというかただった。非常に穏やかな口調で、話もわかりやすく納得できることばかりだったが、電話した当初は怪訝な態度だった。きっと私のような勝手な憤りをぶつけてくる人間も多いのだろう。しかし順を追って今回の件を話すと、約30分に渡り親身になって聞いてくれた。


・問題となった田端氏の「今や、コードが書けない奴はネット企業じゃ、 穢多非人」発言がネット上で拡散されたこと。
・私を含む何人かが、その発言を非難したものの改められなかったこと。
・私が解放同盟の名前を出すと、突如彼が“言い換え”をおこなったこと。
・しかし全くその文面には謝意はこもっておらず、さらに“二級市民”なる言葉に置き換えた、彼が差別主義であることを露にするものであったこと。(※4/17の朝からのTweetを参照のこと)


心地よい相槌を入れつつ、じっくり話を聞いてくれたYさんが口を開いた。
我々としては言葉狩りをするつもりはないんです。エタ・ヒニンという言葉じたいには問題はありません、なぜなら前身となる組織ができたときの水平社宣言には、<吾々がエタである事を誇り得る時が來たのだ>という一節もあるのですから。しかし当然ながら今回のような使い方は好ましくな。まずは差別を指摘するのではなく、社会人の常識として誤っているのではないかと、指摘してみては?」との、答えが穏やかな口調で返ってきた。


ボク自身解放同盟といえば激しい糾弾闘争という凝り固まったイメージがあったから、自分の偏見が恥かしくなったよ。ただYさん自身にも、誤解があったようだ。つまり今回の件を、匿名書き込みによるものだと思っていたようなんだよね。
知ってると思うけど、2ちゃんねるやTwitterの匿名アカウントでは、部落差別、民族差別の書き込みが非常に多い。これに対して個人を名指しするものでなければ、書き込みを削除することすら法的に難しいことは、以前のブログで伝えたとおりだ。恐らくYさんとしても心を痛めつつも対応できないというつもりだったのだろう。またTwitter自体よく知らないようで、ボクが今回の件が堀江貴文氏らの著名人を経由し一気に数十万の目に触れたと伝えると驚いてた。
「今回の件のように一気に差別的な表現が広がるインターネットのあり方には懸念を持っています」と、微かに憤りを滲ませ始めたようだった。


そしてボクが田端氏が、自分の会社名、経歴などを全て明らかにし、顔写真まで掲載した上で、件の書き込みをしたことを伝えると、徐々に温度が変わっていったんだ。
ボクは、彼がR25をスタート地点にライブドアや大手ファッション系出版社のウェブサイトと、ステップアップを繰り返し、インターネットと出版界でそれなりの影響力をもつ人物であることを伝えた。するとY氏は近くのPCで田端氏のことを調べ始めた。どうやら彼のブログをみつけ、ざっと目を通したようだ。読んだことがある人ならわかると思うけど、田端氏は典型的なリバタリアン。少々鼻につく文章も多いんだよね。


「ああ、色々と有名な人間のようですね。うーん、いわゆる典型的勝ち組思考の男ですね。こういったタイプは得てして弱者を馬鹿にするものです」。
ただしこれに対してはボクは一応田端氏をかばった。
ボク自身負け組みだから、彼のようなタイプは苦手です。でも言論の自由まで否定するつもりはないし、彼のようなモノの考え方も許されるべきです。だからといって、差別的発言をする自由は許されないと思うんです
ボクの意見に、Y氏も納得してくれたようだった。


毎年のように新たなメディアが登場するネット業界。解放同盟としてもTwitterへの対処はしたことがなかったのだろう。一部の層には、新聞や雑誌以上に影響力をもつことを伝えると色々と調べてくれると約束してくれた。
「でもこれですぐ確認・糾弾となるかはわかりません。我々も行き過ぎた闘争については反省しているし、怖い団体というイメージはなくしていきたいですよ」
最後までYさんは穏やかだった。


今後も連絡を取り合うことと、ボクも自分なりに色々と部落差別について勉強することを約束し、30分にわたる実りの多い電話は終わった。(続く
※なおYさんには、電話での対話をブログやTwitterに掲載することについてはお許しいただいております。